一週間の暮らしと珈琲

珈琲や暮らしに関することを紹介します。

月が照れている。

昨夜は、スーパーブルーブラッドムーンであった。

 

あちらこちらで、これについての記事が上がっているので、よそうかと思っていたのだが、あまりに月が見事だったので感動を共有したくなってしまった。

 

この現象について詳しい説明はよそ様の記事に任せるして、このブログでは、僕の主観から素直な感動をお伝えしたい。

 

月の欠けはじめから、赤く染まり切るまでを自宅のベランダからカメラを構えてみていた。具合よく邪魔な建物や雲もなく、よくみえた。寝間着にコートを羽織ってマフラーを巻いていたが、それでも真冬の夜は耐えがたい寒さである。

おなじように、ベランダから空を見上げている人がいることが話し声で分かった。彼等もまた、35年ぶりのレアな月を見おさめてやろうと、震えていただろう。

 

満月は、立派なものだった。

 

僕は、空や月や星なんかの観察が好きで、普段から月の満ち欠けをいつでも気にかけてたし、満月の日は、この暮らしにおける楽しみのひとつであった。それは、給料日のちょっとした贅沢や、新しいコーヒー豆を買いに出かけるのと同じようなものなのだ。

 

1月2日のスーパームーンにも、感動した。

 

一年で最も月が地球に接近するスーパームーンは、地球から約36万キロ離れている。

地球を赤道で一周すると、約4万キロというから地球を9周するのと同じくらいの距離という計算になる。

そう言ってみると意外と近いようにも感じるが、やはり馬鹿げた距離だ。

 

月は、神秘的である。いまNASAやらJAXAやらそういう機関が、月のヒミツを暴こうと競走しているが、それが分かっても僕にはどうか言わないでほしい。

確かに、気にはなる。裏側がどうなっているのかとか、生物が生息しているのかとか。都市伝説や神話、昔ばなしにSF作品、多くの人が思いをはせて、月を眺めている。僕もまた、想像してみるのだが、真実を知りたいかと聞かれれば、違う。

 

ヒミツが暴かれて、どんな驚きの事実があきらかになっても、きっと慣れてしまうのが怖いのかもしれない。恋が冷めてしまうような気がするのだ。

 

 

そんな、恋人のような月が、昨夜は赤く染まった。

 

それは、35年ぶりのデートのために用意したドレスなのかもしれない。

あるいは、着替えを見つめられて恥じらっているのか。

はたまた、酔っぱらっているだけなのかもしれない。

 

いずれにしても、普段は見せない姿だった。

 

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満月が欠けきったとおもったら、途端に赤らみ、闇夜も少しだけ赤くなった。

 

そういえば、僕は月を女性と思ってみているらしい。

かぐや姫の影響かもしれない、月の神秘性が女性のヒミツに似ているからか、ただ月が優しいせいかもしれない。

 

どんなものにでも、感情や人格を与えてしまうのは人間の癖なのだろう。

空や消火器は男だし、瀬戸内海やブラックホールは女である。

 

 

月が赤に染まると、なぜだか目を背けたくなった。

 

勿論よく見たし写真も撮ったのだが、月に悪いような気がしてきたのだ。世界各地で彼女を見上げている。写真を撮っている。けれど月はそれを望んではいないような気がしてしまった。

 

珍しいとはいっても月と地球と太陽が誕生して以来、もう何度も同じ現象は起きているのだろう。月と地球は徐々に離れているというから、大昔には同じ現象はなかったかもしれないが。少なくとも、この1,2億年のあいだには何度もあっただろう。

 

だけど千年前に同じことがあったとしても、人々は予測していなかった筈である。月の方も告知などしないだろうし、突然満月が欠けて赤に染まる。月は本当は人々の暮らしを乱したくはなかったのかもしれない。

しれっと、普段と変わらない暮らしの上で、たまたま見上げた人だけが驚いて褒めてくれればよかったのかもしれない。これではまるでアイドルかモデルである。

 

そんな気がしたから、一枚だけ赤く染まった月を撮影して肉眼でも、すこし眺めてから部屋へ戻ってしまった。

 

照れているのか酔っているのか、着飾っているのか僕にはわからないけれど、

美しかった。