ハザクラ珈琲館

珈琲や暮らしに関することを紹介します。

「オトナ」と「大人」

おはようございます。寒いです。

昨日は、東京で-4℃が記録されたとか。48年ぶりだそうです。

 

東京付近のこども達は雪合戦したり、雪だるま作ったり、かまくら作ってみるけど失敗したり、忙しそうでした。ベビーカーに乗ってた女の子は、初めて見る雪にたまげてキョロキョロ落ち着かない様子。

 

 

どうやら、いま文芸社が第14回絵本大賞をやっているらしい。それを新聞で知ってから日か経ってますが、僕も書いてみよう、と思いながら何も具体的にはならないままでいます。

 

雪にはしゃぐ彼等を見てたら、うっすらと自分の幼い頃の考え方とか、モノの捉え方なんかが、ふわーっと、見えかけたけど捕えきれず。

 

 

大人になっちまったんだなぁ

 

 

と声に出してみると、「大人」というワードに違和感がある。なにか変だぞ。

 

ああ、そうか。

大人って、あの「オトナ」か。

 

こどもの頃、見ていたあの謎の生物「オトナ」。

でかくて、支配者で、なんでも知ってて、お金をたくさん持ってて、見張ってる。

ヘンテコな生き物、オトナ。

 

微かに、こどもの世界を思い出しました。

きっと、自分の子でも持てば、もっと鮮明にこども心を思い出せるのかもしれませんね。

 

 

 

絵本を書くには、こどもの世界を思い出さなくてはならない。

でも僕にもまだ、こどもらしい部分があって、ビジネスくさいことが苦手です。

 

文章を書く仕事をしていると、ビジネスくさい文章を求められることがあります。

それが嫌で葛藤している時には、こどもだな、と感じます。

 

ビジネス文章なら抵抗はないんですが、いやに下心を隠すようなのは嫌いですね。

 

 

尾崎豊さんの「時」という曲にこんな歌詞があります。

『僕はあの頃より 少し大人に憧れてるだけさ』

 

歌詞を載せるのは、著作権の問題でいちいち緊張するから嫌ですね。(笑)

 

この歌詞のような分岐点は

誰にも、ある感覚なのではないでしょうか。

ある時から、オトナが大人に変わる。

 

こどもの世界の終わりって、そこだったのかなぁと思います。

 

 

オトナという生物の存在を思い出すと、あの頃考えていたことも、少しずつ思い出してきました。

 

100の次の数字は、0か、1か。

雨の降るのは、神様が泣いているのか、鬼がいたずらしているのか。

ほんとうは、自分以外の人は空っぽの幻想なんじゃないか。

お味噌汁の中の箸はどうして曲がるのか。

何もないというのは、真っ白か、真っ黒か。

 

様々な疑問が沸くと同時に、多くの事を観察し解明するのは嬉しかった。

いまでは、あの快感はドーパミンのせいだと知っているが、当時はそんな余計なことは考えすに喜ぶことに専念したものです。

 

真っ白と真っ黒の闘いは、どっちでもないという結論に至ったような気がします。

 

はじめは何もない宇宙が真っ黒だから、黒だと考え至ります。

ところが、まてよ宇宙があるせいで黒いのだ、と考えました。すると宇宙がなくなると真っ白になる。といのが二番目の結論。

またまたところが、そこには真っ白があることに気づきます。色を見て比べる人がいないのだから、色なんかない。

と落ち着いたと記憶しています。なんてどうでもよいのでしょう。(笑)

 

 

バネの仕組み、扉の仕組み、そんなことを見破っては誇らしくなっていましたね。

とくに、自転車がどうやって動くのかには、多大な時間と労力を費やしました。

 

そんな風に地道に一つ一つの謎を暴きながら育っていく。

オトナに聞けばきっとわかることだというのは、当時も分かっていましたが、それはプライドが許さなかったのです。

 

 

他にも、いろんなことを面白い目をもって見ていたような気がします。

こども心を思い返してみて、笑った朝でした。